東京地方裁判所 昭和52年(刑わ)2426号 判決 1978年12月01日
主文
一 被告人夏野正男を懲役五年及び罰金五〇万円に処する。
未決勾留日数中四五〇日を懲役刑に算入する。
同被告人において罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
二 被告人臼井康雄を懲役二年六月及び罰金二〇万円に処する。
未決勾留日数中四五〇日を懲役刑に算入する。
同被告人において罰金を完納することができないときは金一万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
三 訴訟費用中証人小島英男に支給した分の二分の一並びに証人小林和夫、同山本倫示及び同柴崎貞治に支給した分を被告人夏野正男及び同臼井康雄の平等負担とする。
理由
(認定した事実)
被告人夏野正男(以下、「被告人夏野」と略称する。)は、東京都豊島区西池袋二丁目三九番八号所在の広告代理業、不動産取引業等を目的とする株式会社エヌエス本社(以下、「エヌエス本社」と略称する。昭和四九年一一月二〇日までは同都同区南大塚三丁目三番四号所在。昭和五〇年五月三〇日商号を株式会社エヌエスシイと変更。)の代表取締役、同臼井康雄(以下、「被告人臼井」と略称する。)は、同社の取締役の地位にあつたものである。
また、後記高橋庄司(以下、「高橋」と略称する。)は、東京都台東区西浅草三丁目二八番一九号所在の土木建築請負を目的とする日建工業株式会社(以下、「日建工業」と略称する。)の代表取締役会長で、浅草高橋組の首領(元組長)であつて、かねて被告人夏野と交際があり、たがいに融資をし合う等の関係にあつたものであり、さらに、後記大森富哉(以下、「大森」と略称する。)は、昭和四七年四月一日から昭和五〇年三月三一日までの間東京都新宿区上落合二丁目二二番二三号所在の東京信用金庫中井駅前支店(以下、「中井駅前支店」と略称する。)の支店長をしていたものであり、同支店は大森が支店長に就任して間もなくエヌエス本社と取引を開始し、以後同社が倒産に至るまで同社と取引関係にあつたものである。
第一ないし第三<省略>
(預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反事件 その一)
第四罪となるべき事実
被告人夏野は、昭和四九年一二月、エヌエス本社の資金繰りに窮し、金融ブローカーを通じ、又は自己の手で預金者を見つけ、預金者に特別の謝礼金を支払つたうえ、その預金を中井駅前支店に斡旋し、その見返りに、その預金を担保に提供しないで、同支店からエヌエス本社に対する融資を受けようと意図し、同月二一日ごろ、中井駅前支店にいる大森に対し、電話で、「年末資金が足りないので、総額約一億円の預金を斡旋するから、その見返りに、預金を担保に取らないで、エヌエス本社に総額五、〇〇〇万円ほど融資してもらいたい。」旨求めるとともに、後刻被告人夏野において預金者を特定し、中井駅前支店に赴かせ、「夏野の紹介で来た。」旨の来意を通じて預金の申込みをさせれば、同支店においてこれを受け入れるとの預金斡旋の方法を示し、もつて預金の斡旋及び資金借入れ方を申し入れ(以下、「第四」においてこれを「申入れ」という。)、大森、及び同人を通じて東京信用金庫専務理事清水晶をしてそれぞれこれを了承させ、ついで、そのころ、被告人臼井に、右意図と経緯を話し、預金者を見つけて中井駅前支店に赴かせて預金をさせればエヌエス本社に対する融資を受けられる手順になつていることを被告人臼井に了解させた後、被告人夏野及び同臼井は、エヌエス本社の役員として、同社の資金難解決上中井駅前支店から融資を受けるために、共謀のうえ、金融ブローカーを通じ、又は自己の手で預金者を見つけて、預金者に特別の謝礼金を支払い、中井駅前支店に赴かせて預金をさせることを企て、
(一) 同月二四、五日ごろ、被告人夏野において金融ブローカーである寺尾則夫に対し中井駅前支店に預金をしてくれる者を見つけるよう依頼し、
1 そのころ寺尾において松浦宏次に預金することを承知させ、被告人臼井から寺尾を通じて松浦に謝礼金一三八万円(エヌエス本社の資金の一部)を支払い、松浦をして、同月二六日、中井駅前支店において、同支店係員に対し、夏野の紹介で預金に来た旨を告げて現金三、〇〇〇万円を各金額一、〇〇〇万円、期間三か月の定期預金(無記名)三口として同支店に預け入れさせ、これにより、被告人両名において、前記申入れと相俟つて、同支店に対し、同預金を担保に提供することなく、同支店がエヌエス本社に対して融資をするように申込みをし、かねて前記申入れを了承している大森において情を知らない同支店係員をして同預金を受け入れさせ、よつて同支店において右申込みを承諾し、
2 同月二四、五日ごろ寺尾において金融ブローカーである小島英男に預金者の斡旋を依頼し、小島において中山政利に預金をすることを承知させ、被告人臼井から寺尾及び小島を通じて中山に謝礼金六四万五、〇〇〇円(エヌエス本社の資金の一部)を支払い、被告人夏野または同臼井において大森に対し預金者が小島の紹介ということで預金に赴く旨を伝えたうえ、中山をして同月二七日、中井駅前支店において、大森に対し、小島の紹介で預金に来た旨を告げて現金一、五〇〇万円を金額一、五〇〇万円、期間三か月の定期預金(無記名)として同支店に預け入れさせ、これにより、被告人両名において、前記申入れと相俟つて、同支店に対し、同預金を担保に提供することなく、同支店がエヌエス本社に対して融資をするように申込みをし、かねて前記申入れを了承している大森において情を知らない同支店係員をして同預金を受け入れさせ、よつて同支店において右申込みを承諾し、
(二) 同月二六日ごろ、被告人臼井において、資産家である松岡清次郎に対し同人の使用人として個人資産の運用に従事している篠木幹夫を介して預金を担保に供しないこと及び預金額の五分に相当する金額を謝礼として松岡に支払うことを条件に金額五、〇〇〇万円、期間三か月の定期預金(無記名)を中井駅前支店にするように依頼してこれを承諾させ、翌二七日、篠木をして(あらかじめ同人を通じて松岡に対しエヌエス本社の資金の一部から謝礼金二五〇万円を支払つたのち)中井駅前支店において、同支店係員に対し、夏野の紹介で預金に来た旨を告げ、松岡から預つた現金五、〇〇〇万円を同支店に期間三か月の定期預金(無記名)として預け入れさせ、これにより、被告人両名において、前記申入れと相俟つて、同支店に対し、同預金を担保に提供することなく、同支店がエヌエス本社に対して融資をするように申込みをし、かねて前記申入れを了承している大森において情を知らない同支店係員をして同預金を受け入れさせ、よつて同支店において右申込みを承諾し、
もつて、それぞれ右各預金がなされることについて媒介をするにあたり、各預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的で、エヌエス本社のために、中井駅前支店を相手方として、各預金に係る債権を担保として提供することなく、同支店がエヌエス本社に対し資金の融通をすべき旨を約した。
(預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反事件 その二)
第五罪となるべき事実
被告人夏野は、昭和五〇年一月、エヌエス本社の月末資金に窮し、預金者に特別の謝礼金を支払つたうえ、その預金を中井駅前支店に斡旋し、その見返りに、その預金を担保に提供しないで、同支店からエヌエス本社に対する融資を受けようと意図し、同月中旬ごろ、中井駅前支店にいる大森に対し、電話で、総額約一億円の定期預金を同支店に斡旋するから、その見返りとして、同預金を担保に取らないで、同支店からエヌエス本社に同月二〇日ごろに一、六〇〇万円、同月三一日に一、三〇〇万円の融資をしてもらいたい旨求めるとともに、後刻被告人夏野において預金者を特定し、中井駅前支店に赴かせ、「夏野の紹介で来た。」旨の来意を通じて預金の申込みをさせれば、同支店においてこれを受け入れるとの預金斡旋の方法を示し、もつて預金の斡旋及び資金の借入れ方を申し入れ(以下、「第五」において、これを「申入れ」という。)大森、及び同人を通じて前記東京信用金庫専務理事清水晶をしてそれぞれこれを了承させ、一方、被告人臼井に預金者を見つけて中井駅前支店に預金をさせるように指示し、ここに被告人夏野及び同臼井は、エヌエス本社の役員として、同社の資金難解決上中井駅前支店から融資を受けるために、共謀のうえ、預金者を見つけて、預金者に特別の謝礼金を支払い、中井駅前支店に赴かせて預金をさせることを企て、そのころ、被告人臼井において、篠木を介して松岡に対し、預金を担保に提供しないこと及び預金額の五分に相当する金額を謝礼として同人に支払うことを条件に金額一億円、期間三か月の定期預金(無記名)を中井駅前支店にするように依頼してこれを承諾させ、同人に金一億円の預金をさせる包括的意図のもとに、まず同月二〇日、篠木をして(あらかじめ同人を通じて松岡に対し謝礼金として約定された金五〇〇万円のうち、とりあえず調達することができた分の金三五〇万円をエヌエス本社の資金から支払つたのち)中井駅前支店において、同支店係員に対し、夏野の紹介で預金に来た旨を告げ、松岡から預つた現金五、〇〇〇万円を中井駅前支店に期間三か月の定期預金(無記名)として預け入れさせ、ついで翌二一日、篠木をして(あらかじめ同人を通じて松岡に対し謝礼金の残額一五〇万円をエヌエス本社の資金から支払つたのち)中井駅前支店において、同支店係員に対し、夏野の紹介で預金に来た旨を告げ、松岡から預つた現金五、〇〇〇万円を期間三か月の定期預金(無記名)として預け入れさせ、これにより、それぞれ、被告人両名において、前記申入れと相俟つて、同支店に対し、右各預金を担保に提供することなく、同支店がエヌエス本社に対して融資するように申込みをし、かねて前記申入れを了承している大森において情を知らない同支店係員をして右各預金を受け入れさせ、よつて同支店において右各申込みを承諾し、もつて右各預金がなされることについて媒介をするにあたり、預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的で、エヌエス本社のために、中井駅前支店を相手方として、各預金に係る債権を担保として提供することなく、同支店がエヌエス本社に対し資金の融通をすべき旨を約した。
(預金等に係る不当契約の取締に関する法律違反事件 その三)
第六罪となるべき事実
被告人夏野は、昭和五〇年三月、エヌエス本社の月末資金に窮し、預金者に特別の謝礼金を支払つたうえ、その預金を中井駅前支店に斡旋し、その見返りに、その預金を担保に提供しないで、同支店からエヌエス本社に対する融資を受けようと意図し、同月二七日ごろ、中井駅前支店にいる大森に対し、電話で、総額約一億五、〇〇〇万円の定期預金を同支店に斡旋するから、その見返りとして、同預金を担保に取らないで、同支店からエヌエス本社に約一億一、〇〇〇万円の融資をしてもらいたい旨求めるとともに、後刻被告人夏野において預金者を特定し、中井駅前支店に赴かせ、「夏野の紹介で来た。」旨の来意を通じて預金の申込みをさせれば、同支店においてこれを受け入れるとの預金斡旋の方法を示し、もつて預金の斡旋及び資金の借入れ方を申し入れ(以下、「第六」においてこれを「申入れ」という。)大森、及び同人を通じて前記東京信用金庫専務理事清水晶をしてそれぞれこれを了承させ、一方、被告人臼井に預金者を見つけて中井駅前支店に預金をさせるように指示し、ここに被告人夏野及び同臼井は、エヌエス本社の役員として、同社の資金難解決上中井駅前支店から融資を受けるために、共謀のうえ、預金者を見つけて、預金者に特別の謝礼金を支払い、中井駅前支店に赴かせて預金をさせることを企て、そのころ、被告人臼井において、篠木を介して松岡に対し、預金を担保に提供しないこと及び預金額の五分に相当する金額を謝礼として同人に支払うことを条件に金額一億五、〇〇〇万円、期間三か月の定期預金(無記名)を中井駅前支店にするように依頼してこれを承諾させ、同月三一日、篠木をして(あらかじめ同人を通じて松岡に対し謝礼金七五〇万円をエヌエス本社の資金から支払つたのち)中井駅前支店において、同支店係員に対し、夏野の紹介で預金に来た旨を告げ、松岡から預つた現金一億五、〇〇〇万円を金額一億円と同五、〇〇〇万円の二口でいずれも期間三か月の定期預金(無記名)として預け入れさせ、これにより、被告人両名において、前記申入れと相俟つて、同支店に対し、同預金を担保に提供することなく、同支店がエヌエス本社に対して融資をするように申込みをし、かねて前記申入れを了承している大森において情を知らない同支店係員をして右預金を受け入れさせ、よつて同支店において右申込みを承諾し、もつて右預金がなされることについて媒介をするにあたり、預金者に特別の金銭上の利益を得させる目的で、エヌエス本社のために、中井駅前支店を相手方として、右預金に係る債権を担保として提供することなく、同支店がエヌエス本社に対し資金の融通をすべき旨を約した。
第七<省略>
(証拠の標目) <省略>
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人夏野及び同臼井両名の判示第一の所為中、公正証書原本不実記載の点は刑法一五七条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同原本を行使した点は刑法一五八条一項、一五七条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為中、委任状を偽造した点は刑法一五九条一項、六〇条に、同偽造にかかる委任状を行使した点は同法一六一条一項、一五九条一項、六〇条に、公正証書原本不実記載の点は同法一五七条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同原本を行使した点は刑法一五八条一項、一五七条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三の所為は刑法二四七条、六五条一項、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第四(一)1及び2、同(二)、第五並びに第六の各所為は(判示第五の所為は包括一罪として)いずれも預金等に係る不当契約の取締に関する法律四条一号、二条二項、刑法六〇条に、さらに被告人夏野の判示第七の所為は同法二五三条、六五条一項、六〇条に該当するところ、判示第七の罪につき被告人夏野には業務上占有者の身分がないので同法六五条二項により同法二五二条一項の刑を科すべく、被告人両名につき、判示第一の公正証書原本不実記載罪と同行使罪とは手段結果の関係にあるので、同法五四条一項、一〇条により一罪として重いと認める同原本行使罪の刑に従い、判示第二の有印私文書偽造罪、同行使罪、公正証書原本不実記載罪、同行使罪は順次手段結果の関係にあるので、同法五四条一項、一〇条により一罪として最も重いと認める偽造私文書行使罪の刑に従い、被告人両名につき、判示第一及び第三の罪の各所定刑中いずれも懲役刑を、判示第四ないし第六の罪の各所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上の各罪はそれぞれ同法四五条前段の併合罪であるから、いずれも懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重いと認める判示第二の罪の刑に加重をし、罰金刑については同法四八条一項によりこれを右懲役刑と併科し、同条二項により判示第四ないし第六の各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内において被告人夏野を懲役五年及び罰金五〇万円に、被告人臼井を懲役二年六月及び罰金二〇万円にそれぞれ処し、刑法二一条を適用して被告人両名に対し未決勾留日数中各四五〇日をその懲役刑に算入し、被告人らにおいてそれぞれその罰金を完納することができないときは、同法一八条によりいずれも金一万円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置し、刑事訴訟法一八一条一項本文により、訴訟費用中諸人小島英男に支給した分の二分の一並びに証人小林和夫、同山本倫示及び同柴崎貞治に支給した分を被告人夏野及び臼井に平等に負担させることにする。
(主要な争点に対する判断)
一<省略>
二判示第四ないし第六の事実関係
(一) 主位的訴因を排斥した理由
被告人夏野及び同臼井に対する主位的訴因(昭和五二年一一月三〇日付起訴状記載)は、「第一 被告人夏野正男、同臼井康雄の両名は、一 寺尾則夫、松浦宏次と順次共謀の上、松浦宏次が東京都新宿区上落合二丁目二二番二三号東京信用金庫中井駅前支店に、昭和四九年一二月二六日いずれも期間三か月、金額一、〇〇〇万円の定期預金三口をするに際し、当該各預金に関し、株式会社エヌエス本社(代表取締役被告人夏野)から、正規の利息のほかに特別の金銭上の利益を得る目的で、同日、前記支店において、同会社と通じ、同支店を相手方として、当該各預金にかかる債権を担保として提供することなく、同支店が同会社に資金の融通をなすべき旨を同支店長であつた大森富哉と約して前記各預金をし、二 寺尾則夫、小島英男、中山政利と順次共謀の上、同中山政利が前記支店に、同月二七日、期間三か月、金額一、五〇〇万円の定期預金をするに際し、当該預金に関し、前記エヌエス本社から、前同様の利益を得る目的で、同日、同支店において、同会社と通じ、同支店を相手方として、当該預金にかかる債権を担保として提供することなく、同支店が同会社に資金の融通をなすべき旨を右大森と約して前記預金をし、もつて、当該各預金に関し不当な契約をし、第二 被告人夏野正男、同臼井康雄は、松岡清次郎、篠木幹夫と順次共謀の上、松岡が、前記支店に、別表一記載のとおり同月二七日から昭和五〇年三月三一日までの間、四回にわたり、いずれも期間三か月、金額合計三億円の定期預金をするに際し、当該各預金に関し、前記エヌエス本社から、前同様の利益を得る目的で、同表記載の各犯行年月日に、右支店において、同会社と通じ、同支店を相手方として、当該各預金にかかる債権を担保として提供することなく、同支店が、同会社に対し、資金の融通をなすべき旨を右大森と約して前記各預金をし、もつて、当該各預金に関し不当な契約をした(別表一、1、昭和四九年一二月二七日ころ、五、〇〇〇万円、2、昭和五〇年一月二〇日ころ、五、〇〇〇万円、3、同月二一日ころ、五、〇〇〇万円、4、同年三月三一日ころ、五、〇〇〇万円及び一億円。)」というのであり、これについての罰条として、預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下、「本法」と略称する。)、四条一号、二条一項、刑法六〇条、六五条一項が掲げられており、すなわち、被告人両名を本法二条一項にいう「預金等をする者」(以下、「預金者」と略称する。)の共同正犯として訴追しているものである。
しかし、本法二条一項にいう預金者と通じた「特定の第三者」に関しては、その第三者が預金者と通じたことの内容が一般的には預金者との共謀、教唆又は幇助にあたる場合であつても、預金者の共犯者として処罰されないことは、最高裁判所昭和五一年三月一八日第一小法廷判決(刑集三〇巻二号二一二頁)の判示するところであり、当裁判所もまたこれに従う。
そして、証拠調の結果によれば、被告人両名は、いずれも、右本位的訴因において「特定の第三者」とされているエヌエス本社の役員としてエヌエス本社のために、各預金者らに預金を依頼する等したものであることが明らかであつて、このような場合には被告人両名も右「特定の第三者」にあたるといわなければならない。検察官は、この点に関し、右訴因における「特定の第三者」はエヌエス本社に限られ、これと別個の法人格(自然人)である被告人両名はこれに含まれない旨主張するが、この見解は採用することができない。
すなわち、本位的訴因については、被告人両名の行為は、罪とならないものである。
(二) 予備的訴因を採用した理由
当裁判所は、結局、予備的訴因につき犯罪の証明があると認めたのであるが、弁護人は、予備的訴因について、前記判例(最高裁昭和五一年三月一八日判決)を援用して、「本法二条二項は、元来、同項にいう『特定の第三者』を処罰の対象とするものではなく、また、不当契約の媒介行為を処罰の対象とするものでもなく、媒介者が、自ら当事者となつて直接不当契約を約する場合を処罰の対象としているのであるところ、被告人両名は『特定の第三者』としてエヌエス本社のために媒介者である寺尾らに預金の媒介を依頼し、右寺尾らが預金者に働きかけ、その結果、預金者が金融機関との間で不当契約を約するに至つたのであつて、すなわち、被告人両名の行為は、媒介を依頼したに止るものであり、法が『特定の第三者』の不処罰の行為として通常予想している範囲のものであるから、被告人らは無罪である。」旨主張するので、この点について当裁判所の見解を明らかにする。
思うに、本法二条一項にいう預金者と通じた「特定の第三者」、また、同条二項にいう媒介者と通じた「特定の第三者」については(それらの第三者は、通常、金融機関から融資を受け、又は債務の保証を受ける立場にある者である。)、第一に、それらの第三者が預金者又は媒介者と通じたことの内容が一般的にはこれらの者との共謀、教唆又は幇助にあたる場合であつても、預金者又は媒介者の共犯として処罰されないこと、しかし、第二に、それらの第三者が「自ら預金等をすることについて媒介をする場合」は、同条二項、四条一号による処罰を免れないことは、いずれも前記最高裁判所昭和五一年三月一八日第一小法廷判決の判示するところである。そして、右第二の点については、同法二条二項の法文には、「預金等をすることについて媒介をする者」が同項所定の目的をもつて、「自己のために」同項所定の行為をしてはならないとの表現で要件が規定されているが、右第一の点の判旨を考慮すれば、同要件につき法文の字句そのものよりも若干これを縮小した解釈を施す必要があると考えられる。ただ、その解釈は、犯罪構成要件を画定するものとしてできるかぎり明確でなければならないことは、いうまでもないところである。
この見地から考えるとき、「預金等をすることについて媒介をする者」が右二条二項所定の目的で「自己のために」同項所定の行為をしたといい得るには、それぞれの具体的場合において、次のような行為をすることを要するものと解するのが相当である。
(イ) 媒介(金融機関と預金者との間に介在して、預金等の斡旋、勧誘等、預金契約の成立のために金融機関又は預金者に働きかけることをいう。以下同じ。)にあたる行為の全部をみずから実行すること。又は、
(ロ) 他の媒介者に媒介を依頼したうえ、媒介にあたる行為の主要な一部をみずからも実行すること。「主要」であるかどうかは、たとえば、一方金融機関に対し融資を求め、導入預金の斡旋をすることを了承し、預金者が決定して預金を申込んだときはよろしく頼む等と事前の了解工作をし、他方媒介者に対し預金者による預金の勧誘を依頼する等、当該預金契約の成立につき事実上重要な行為をしたかどうかによつて決する
けだし、右(イ)の場合は本来当然のことであり、また、(ロ)の場合も、少なくともそのような行為に及べば、もはやその者が単に他の媒介者と「通じ」たにとどまるものとはいい得ないとともに、金融の秩序の維持及び一般預金者の保護という本罪の保護法益に照らし、その違法性及び責任の程度において媒介を分担実行する他の媒介者と差異はないといわなければならないからである。
そして、この観点から考察すれば、判示第四の(一)は、前記認定のとおり、被告人夏野において金融機関である中井駅前支店に対し融資を求め、導入預金の斡旋をすることを了承し、預金者を特定して同支店に赴かせ「夏野の紹介で預金に来た。」旨告げさせて預金をさせるからそのときはよろしく頼む旨申し込んで同支店の了解を取りつけ、被告人臼井と共謀のうえ、同被告人において金融ブローカーの寺尾則夫に預金者による預金の勧誘を依頼したというのであるから前記(ロ)の場合にあたり、前示第四の(二)、同第五及び同第六は、前記認定のとおり、被告人夏野において中井駅前支店に対し右と同様の了解工作をし、被告人臼井と共謀のうえ、同被告人において預金者は松岡清次郎であつて篠木幹夫は同人の使用人にすぎないことを認識しながら篠木を通じて松岡に対し預金者に中井駅前支店に預金をするように依頼したというのであるから前記(イ)の場合にあたると認められ、被告人夏野及び同臼井は、右いずれの場合においても、前記認定のとおり、預金者に謝礼金を支払つたうえ中井駅前支店に赴かせて預金をさせ、もつて同支店を相手方として右預金に係る債権を担保として提供することなく同支店がエヌエス本社に対し資金の融通をすべき旨を約したというのであるから、本法二条二項による処罰を免かれないと考えられるのである。
なお、最高裁判所の前記判例については、学説上批判もあるところであるが、当裁判所は、前記二点の判旨を前提にし、ただ事実審の立場として、前記法律二条二項に触れる自己媒介の行為の犯罪構成要件をできるかぎり明確にする必要があることから、判旨を考慮しつつ前記のような解釈を相当と考えるものである。
よつて主文のとおり判決する。
(大久保太郎 小出錞一 小川正持)